私のクライアント様で今は作家として活躍されている方がいますが、人生大逆転のストーリーというテーマで紹介します。

「先生お世話になります。先生のきってのお願いとのこと、是非僕の体験談で良ければお使い下さい。

私の父親は、その業界では名の知れた名士であるがために、私は幼い頃より特別に不自由なく何一つ不満なく育ってきまし。高校生になる頃には、自分自身の性格や幅広い友人などの人脈も手伝って、街でコンパなどイベントを開催・主催することで収益を上げたり、学生の割りに持て余すほどのお金を持っていました、親からの小遣いも今思えばありえない位で月に高校生が10万円くらいは貰っていました、もちろん足りなくなれば、その分追加で貰っていたりもしました。

勉強などには興味がなく、関心ごとと言えば金儲けと遊びと女であり、年齢18歳の頃には、薬物以の外一通りの遊びを経したといっても良いでしょう、新宿歌舞伎町・六本木・渋谷・赤坂・銀座など夜の盛り場で知らない街は無いと言っても良いくらいでした。

30代までに自己破産を2回、そして逮捕起訴

調子付いていた私は、金儲け=事業にハマリだし自分から積極的に宝石販売・人材派遣業・中古車ブローカーなど様々な分野に手を出し始めて最初は周囲の物珍しさと父親の名前の七光りも手伝って、月に500万円以上は自分の給料として収めていた時期もありましたが、一時期の勢いだけでは世の中いつまでも上手く続きません。仲間の裏切り、取引先が手のひらを返すように撤退、敵対組織からの執拗な潰し工作・嫌がらせ反社会勢力からの脅迫など妨害工作が多方面から続き、私は数千万の借金を背負い倒産させてしまいます、

当然親の助けも得られず自己破産を20代前半で経験、その後も懲りず飲食・ラーメン・芸能事務所経営、中古自動車販売、多方面に店を出しては潰しの繰り返し、30前に2度の自己破産を経験しました。そこからは、裏切りと人への警戒心・敵対心など誰も信用することなど出来ない数年間を送り、引きこもりの生活へ陥ってしまいます。

イライラと日常の極度の欲求不満から暴行事件を起こしてまさかの逮捕されてしまうことにもなりました。 執行猶予が認められたこともあり、釈放されましたが、生きる気力とはかけ離れた状態にあり、毎日何もせず呆然と暮らしていました。しかし、かつての遊び仲間で会社経営もしている先輩がトラック運転手をしていると聞き、久しく電話を掛けて見ました。

あの金回りの良い先輩が、なぜ今さらトラック運転手などを・・・と。先輩は家族を養うためにやむなくトラックに乗っていると言う。休みや合間を見て自分の以前の仕事もこなしつつ、2足のわらじ状態であるが自分の時間も確保できてるとの事で、私も非常に強い関心を持ちました。

このまま引きこもり生活でやることもなく、お金も底をつき、家族からも半ば見放されてこのまま終わるわけにいかない、そんな想いから先輩に再び連絡して、自分も再起を果たそうとトラック乗りになる決意をしました。今思えば、都内やその近県は仲間と遊びまわったり、女の家にしけこんだり、しょっちゅう出かけていたので地理や土地勘も何となく広域でも分かるぞ、というようないくらかの自信すらありました。

再スタートはトラック運転手

自己破産2回、どこからも金も貸してもらえず、ろくに社会経験のない勤めたことがない人間ゆえに、ふつうの会社じゃ相手にもしてもらえないそんな状態の人間でしたが、人は歩き出せばわずかずつではあるものの、道は開けてくるのです。事実、慣れないトラック配送の仕事は肉体労働など反面と長時間の仕事や人間関係で始めのうちは心身とものズタボロといっても過言ではありませんでした。以前のように大きくお金を稼ぐことは出来ないけど、確実に毎月20万ちょっとの収入を得られる事とある程度、自分の時間も出来ることでほんの些細だけど、社会復帰をしている実感とその光を感じ取ることが出来た頃、勤めて3年が経過していました。

ちょうどその頃は、大型免許を取得したのをキッカケに大きな車両に乗ることで収入もあがり、事務所の仕事の手伝いもするようになった事で、一定の信頼を得ることが出来ていました。街で私の配送業務をどこかで見ていたある年配の男性が居ました。この方は保護司をしており、少年時代に補導されたことのある私を覚えていたようで、その時代私は裏で暗躍する悪巧みで金を荒稼ぎする坊主として保護司の方々の中でも有名な、悪たれの度がすぎる悪童だったのでその方は私をよく覚えていたようで、もちろん父の影響もあるようですが。

転機が訪れる

そんな社会復帰して、立ち直りつつある私に少年院で捕まったあとの人生談義について慰問で講義してくれないかという以来を頂きました。もちろん、最初は抵抗がありましたが自分のような悪童が今後も輩出されないよう、どう立ち直って道しるべとなるか、そんな必要性もあるように思えて、一度限りの事だと思いお引き受けをしました。慰問の講義では、ヤンキー先生の授業じゃないけど、自分の経験してこれほどない後悔した過去を赤裸々に話したり、同じ受刑者との目線で話した事が非常に好評を得た事もあって、引き続きの講義こそお断りしたものの、その代わりに受刑者の少年少女向けに一通の手紙を書き綴りました。自分では、あるがままに赤裸々に後悔の念と懺悔と一度、地に堕ちた者が社会復帰することがいかに大変であるかを、ただ経験したことを書きなぐりました、出来る限り率直ながら辛らつな表現も交えて伝えました。

その拝啓・一通の手紙が非常に好評を得て、他の少年院でもその文書を活用させて欲しいとの依頼、もう一度、現地で生の声で少年少女に講義して欲しいとの強い要望も頂きました。もう引き受けないつもりでしたが、ここまで熱心に自分を必要としてくれた人々の心に押され各地での慰問や執筆を繰り返しました、過去への罪滅ぼしでしょうか。

作家業へ

そこから、何故か執筆の仕事の依頼が増えました。一通の手紙から、何か物語が書けないないだろうか?とある出版社の編集者の提案があり、もちろんお断りしたもののこれもあまりにも熱心な依頼に断りきれず、自分の過去の経験と失敗や成功を元に一冊の本を出すことになりました。欲を出さずに思うがままに、ありったけのアイディアを出し文章にまとめ世間様から
非行少年少女へ向けた、あるいは子育てで悩む世の中の親御さんに非常に好評を得ることが出来たこともあり、ノンフィクション系の本が評される、とある賞を受賞するくらいにまで発展しました。

そこがきっかけとなり、執筆やメディアに出る機会が多くなり、今は執筆家、青少年育成のコメンテーター、過去の商売の経験も活かすことが出来て、親子で楽しめるような,絆を深める事を主眼においた飲食店舗のプロデュースに関わったりなど、多方面に活躍出来るようになりました。歌詞やイベント業などの監修なども勤めさせていただき、以前にも増して多方面で仕事ができるようになり、改めて自分で会社という個人事務所を設立することが出来ました。

今でこそ、年商5億円など言われていますが、人との絆をメインに今後も多岐に渡って、直接的に人間同士の関わりを深められるようなそんな総合プロデュースをしていける人間に成長したいと思います。 」

最後に金貨サバよりあなたへ

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いかがでしょうか。人間の一番の宝は一体何か。お金、地位や名誉、それぞれ個人の証としては大切でしょう。 一番の実感という宝は、人は「成長」こそ最たるものなのです。 私は彼を見ていてそう思います。